おすすめ観光スポット

ホテル&八代の魅力をご案内♪

ホテルスタッフが特におすすめする、観光スポットをご紹介!!

【八代城跡】

  

元和6年、加藤正方公が築いた城。城の石垣には石灰岩が用いられ、その色から別名白鷺城とも呼ばれました。
寛永9年(1632)細川忠興(ほそかわただおき)が入城、さらに正保3年(1646)松井興長(まついおきなが)が入城して以来明治3年(1870)の廃城まで、松井氏の居城となりました。八代には古麓・麦島・松江の三時代にわたる城跡が残っており全国的に見ても非常に希少な例です。

八代妙見祭

九州三大祭りのひとつに数えられる八代を代表する祭りです。毎年11月23日に行われる神幸行列では、約1kmにもわたる行列が町を練り歩き、ホテル前も通ります。クライマックスの砥崎河原では、獅子舞、神馬、笹鉾そして亀蛇など多彩な奉納演舞が行われます。

【八代宮】

  

八代城跡内にあり、南北朝時代の征西将軍懐良親王(かねながしんのう)および良成親王(りょうせいしんのう)が祀られています。このことからも当時から八代が重要な地であったことがわかります。

【松浜軒】

  

元禄元年、八代城主松井直之が母のために建てた茶室です。当時は八代海の真っ白な砂丘や緑の松をも見ることができました。松浜町の名もそれに由来しており、球磨川の流水を引き入れた美しい庭園には、五月になるとカキツバタ、六月には肥後ショウブが咲き乱れます。

【水島】

  

水島は、球磨川河口の堤防から50mほど離れた所にある小さな島です。日本書紀の景行天皇18年4月の条に、「天皇がこの島で食事をなさろうとした際、水が無かったので、小左(おひだり)という人物が天地の神々に祈ったところ冷水が湧き出したので、それを天皇に差し上げることができた。そのためこの島を水島と呼ぶ」という記述があります。
  万葉集では長田王により「聞きし如まこと貴く奇しくも神さび居るかこれの水島(人の言うように、貴く不思議にも神々しく見えることよこの島は)」と歌われています。

【樅木(もみき)の吊橋】

  

以前は児童の通学路などの生活のためのかずら橋でしたが、昭和63年に観光用として地元の杉や栗の木を使った2つの親子橋となりました。上段にあるのが「あやとり橋」で橋長72m、高さ35m。下段にあるのが「しゃくなげ橋」で橋長59m、高さ17m。駐車場、休憩所、遊歩道などが整備されていて園地化されている。新緑や紅葉などの観光のシーズンには多くの観光客で賑わっています。

【日奈久温泉】

  

日奈久温泉は、今から約600年前(1409年)、浜田六郎という若者が父親の刀傷を癒そうと神に祈ったところ、夢でお告げがあり、教わったところを調べてみると、温泉が湧き出ていたと伝えられています。その場所というのは今の本湯で、当時は海中でした。この霊泉発見が伝えられると、六郎の孝徳とその霊験とを慕って、療養に来る人々が多くなり、現在に至っています。江戸初期には細川家の藩営温泉にも指定され、由緒ある温泉だけに八代城主や参勤交代の島津公も利用したと伝えられ、今も町並みにその当時の面影が残っています。
また、この町では古くから「ちくわ」や「かまぼこ」が超有名であり、八代海の新鮮な魚を原料として、全国の品評会でも優秀な成績を納めています。  また、放浪の俳人種田山頭火は昭和5年9月10日からここ日奈久温泉の織屋旅館に3泊し,その日記に『温泉はよい、ほんたうによい、ここは山もよし海もよし、出来ることなら滞在したいのだが、〜いや一生動きたくないのだが、』と称賛しています。

【特産品:晩白柚(ばんぺいゆ)】

  

ハウス12〜1月、露地栽培1〜3月
人の頭ほどある柑橘類の王様。置いておくだけでも爽やかな香りが♪
ギフトにも人気です。

その他、不知火・トマト・いちご・生姜・い草などの特産品がございます。

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